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東京地方裁判所 平成6年(ワ)9185号 判決

原告

甲野太郎

被告

乙山二郎

右訴訟代理人弁護士

伊藤和夫

飯田正剛

水野英樹

紀藤正樹

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、一七〇万円及び内金五〇万円に対する平成六年五月二七日から、内金一二〇万円に対する平成七年一月一一日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、弁護士である被告が交渉の過程で原告に送付した文書が、いずれも根拠なく原告を侮辱するものであるとして、また右の点に関する弁護士会への懲戒申立て及び本件損害賠償請求訴訟において被告が提出した書面が、右同様原告の名誉を毀損するものであるとして、原告が被告に対し、慰謝料及びその損害金の請求を求めた事件である。

一  原告の主張

1(一)  被告は、弁護士であるが、平成五年九月二二日、原告を含む六名の者に対し、高橋イマ(以下「高橋」という)の代理人として、同人が株式会社ミリオンクレア(以下「ミリオンクレア」という)から、平成二年一二月一五日、同月一七日、同月二七日、平成三年三月二五日の四回にわたって購入した物品の代金合計五七一万九〇〇〇円の返還を請求した(以下「本件通知1」という。争いがない)。

(二)  原告は、これに対し、「自分は被告の主張する売買契約の当事者となっていないため、何ら支払義務はない」旨回答したが、被告は、更に、平成五年一〇月一五日、原告に対し、「(原告は、)高橋が、印鑑、聖観音像等の被害にあっていることを『ゲストカード』等で十分に認識した上で更に次の加害行為に加担したものである」と断定した内容の通知書を送付した(以下「本件通知2」という。書面の内容については甲四によって認める。その余は争いがない)。

(三)  原告は、平成五年一〇月二〇日、被告の右文書に対して強く抗議し、回答を要求する通知書と題する書面を送付したが、被告がこれに対し、回答を示さなかったため、(二)の事実により多大な精神的苦痛を受けたとして、同年一一月一五日、被告に対し慰謝料五〇万円を請求する催告書と題する書面を送付した(争いがない)。

(四)  これに対し、被告は、平成五年一一月一八日、「過去のデータを文書及び口頭で十分収集していませんか。そのデータに通知人の『財の貢献』が入っていませんでしたか。」と記載した回答書と題する書面を送付し(以下「本件通知3」という)、更に、同年一二月二日、原告に対し、「五〇〇万円を返してもらう必要がある」旨記載した書面を送付した(以下「本件通知4」といい、通知1ないし4を合せて「本件通知」という。争いがない)。

(五)  以上のとおり、被告は、(一)記載の売買契約(以下「本件売買契約」という)が統一教会の資金集めのための霊感商法であると断定したうえ、同じ統一教会の一信徒である原告に対し、原告には全く身に覚えがないにもかかわらず、組織的詐欺行為に加わっていたかのごとき虚偽の事実を指摘し、これに対して、原告がその関与を否定しているにもかかわらず、原告にあたかも返金義務があるかのごとく決め付けたのであり、原告は、以上の被告による一連の侮辱的言動により名誉を著しく傷つけられ、精神的に多大の損害を被った。これは、原告の人格権に対する不法行為である(争点1)。

(六)  右不法行為によって原告が被った精神的損害は、五〇万円を下らない(争点3)。

2(一)  次いで、被告は、原告が第二東京弁護士会に対してなした被告の懲戒請求に関して、第二東京弁護士会綱紀委員会に以下の文言の記載された文書を提出した(争いがない)。

(1) 平成五年一二月二八日に提出された弁明書一四頁は、「一一月一八日から二泊三日の御嶽山の宿舎での合宿は本人を統一教会のにわか信者にしたてあげて大金を拠出するよう仕向けるための計画的な集中講義であった。これを講師として担当したのが甲野太郎である」旨の記載がある(以下「本件文書1」という)。

(2) 平成六年二月一八日に提出された準備書面(一)四頁には「甲野は、本件被害者の金二〇〇〇万円の被害事件について直接原理講義をして被害者を畏怖・誤信せしめる当事者の一人でもあった」旨の記載がある(以下「本件文書2」という)。

(二)(1)  また、被告は、平成六年九月六日の本件口頭弁論期日において、裁判所に対し、(一)の各文書を証拠として提出した(裁判所に顕著)。

(2) 更に、被告は、平成六年一〇月一九日の本件口頭弁論期日において、裁判所に対し、(一)の各文書と同旨の内容の記載された準備書面(一)を提出した(以下「本件文書3」という。裁判所に顕著)。

(三)  右一、二の行為によって、原告が他人を脅迫して大金を巻き上げる犯罪人であるかのごとき虚偽の事実が記載されている文書が事実上不特定多数人の自由に閲覧できる状態に置かれることになり、原告はこれによって忍び難い恥辱を味あわされている。これは、被告の原告に対する不法行為に該当する(争点2)。

(四)  右各不法行為によって原告が被った精神的損害は、合計一二〇万円を下らない(争点3)。

よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として一七〇万円及び内金五〇万円に対する訴状送達の日の翌日である平成六年五月二七日から、内金一二〇万円に対する平成七年一月六日付け訴えの変更申立書送達の日の翌日である平成七年一月一一日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告の主張

被告は、高橋の損害賠償請求権を実現するため、合理的な推測に基づき、本件各通知を送付したのであって、被告の行為は、弁護士の適正な業務に該当する。また、本件事件の経過に鑑み、本件各書面の提出について、被告に何等責められるべき点はない。よって、被告の行為は、違法性を欠き、不法行為は成立しない(争点1)。

三  争点

1  被告の原告に対する本件各通知の発送は、不法行為を構成するか。

2  被告の弁護士会及び裁判所に対する本件各文書の提出は、不法行為を構成するか。

3  損害額

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  証拠(被告本人)によれば、被告は、弁護士として、高橋から相談を受け、高橋の代理人として、原告に対し、本件各通知を発送したことが認められる。

ところで、弁護士が依頼者の権利の実現を図るため、その調査した事実に基づき交渉による解決を図る場合においては、利害の対立する相手方の行為の不当性を指摘するため、相手方の名誉感情を刺激するような表現が含まれる場合があるのも、ある程度やむを得ない面があるといわなければならない。したがって、弁護士の相手方に対する書面等において、相手方の名誉を損なうような表現があったとしても、それが交渉における正当な言論と認められる限りは、その違法性は阻却され、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。しかしながら、弁護士による交渉や弁論活動といえども内在的制約があることは勿論であるから、当初から相手方当事者の名誉を害する意図でことさらに虚偽の事実または当該事件と何ら関連性のない事実を主張したり、あるいはその意図がなくとも、事件の解決ないし訴訟追行上必要な限度を超えて、著しく不適切で非常識な表現内容、方法による主張をし、相手方の名誉を著しく害する場合などは、その内在的制約を超え、社会的に許容される範囲を逸脱したものとして、違法性を阻却されず、不法行為責任を免れないというべきである。

そこで以下、被告の本件各通知が、社会的に許容される範囲を逸脱したものであるか否かについて検討する。

2  証拠(甲一、二の一ないし七、四から九、乙一、五から一九、二九、三八、三九の一ないし九、四〇、四一、四五、四六、五九、原告本人、被告本人)によると、以下の事実が認められる。

(一) 被告は、全国霊感商法対策弁護士連絡会に属する弁護士であり、同種事案を数多く手懸ける中から、次のような情報を得ていた。

霊感商法は、組織的、計画的に行われており、販売業者群の背景には、統一教会の組織、人脈が濃厚に関与していることがうかがわれる。商品の販売方法についてはマニュアルがあって、被害者の勧誘を担当する者、先祖の因縁話をして被害者を説得させる者、原理講義をして因縁話の説得力を増す者などの役割分担が定められている。そして、客の情報を「ゲストカード」などに集積したうえ、これを用いて販売活動がなされている。

(二) 被告は高橋から以下の内容の相談を受けた。

(1) 平成二年一二月一三日、信者松浦典子(以下「松浦」という)が高橋方を訪問し、同人の悩みを聞き出したうえ、同月一五日に松浦他一名が再度訪問し、先祖の因縁を開放して運勢をよくしないといけないなどと迫り、高橋は念珠二個の代金名下に三〇万九〇〇〇円を支払わされた。

同月一七日にも右二名が訪問し、開運のためと迫られ印鑑四本の代金名下に一三万九〇〇〇円を支払わされた。

同月二七日、霊能師役の財部なる者が高橋の家系図を作りつつ先祖の因縁のトークをし、高橋は聖観音像の代金名下に五一五万円を支払わされた。

平成三年三月二五日、松浦が男の信者一名と来訪し、開運のためと迫られ印鑑三本セットの代金名下に一六万円を支払わされた。

以上の売買契約は、すべてミリオンクレアが売主となっていた。

(2) 平成三年秋ころからは、「ラベルティ」なる秘密の教育のための場所に誘い込まれて霊能師役の「天寿先生」なる信者から先祖の因縁話を繰り返し聞かされ、一一月一八日からは二泊三日の御嶽山の宿舎での合宿に参加して、原告から、原理講義を受けた。原告は、その際、高橋の個人情報を把握していた。

同年一一月二一日には、ラベルティに信者が集まり、「高橋家菊池家解放祭」と称して高橋とその夫の先祖の因縁の解放を祈る式典が行なわれた。高橋は、右信者等から献金として多宝塔を購入するよう迫られ、一一月二二日と二五日の二回にわたって多宝塔代金名下に合計二〇〇〇万円を支払わされた。

(3) 高橋は、夫に内緒で右をすべて支払ってきたが、その後これが夫に知られ、夫及びその父親からの非難に耐えきれなくなった。そこで、高橋は、平成四年一一月には、家に置いておくことができなくなった観音像を高橋のケアを担当していた信者の岡田光子(以下「岡田」という)に返還し、更に二〇〇〇万円についても返還を要求したところ、同年一二月三〇日、杉並教会の責任者である神谷忠市郎(以下「神谷」という)から、右二〇〇〇万円を分割して返済する旨の誓約書(乙五)の交付を受けた。

(4) しかし、この約定に反して、二〇〇〇万円の分割金の支払いがないため、原告は、被告に、本件被害について相談することとなった。

(三) これに対し、被告の返還交渉の過程は以下のとおりである。

(1) 被告は、平成五年三月三〇日、二〇〇〇万円の返還を求める通知書(乙一〇)を統一教会、神谷及び岡田に送付したところ、同年四月二〇日、原告から電話連絡があり、「神谷さんが忙しくなったので、私が二〇〇〇万円の交渉の窓口になる」などの話しがあった(原告本人一九項)。そして、その後の交渉の結果、同年八月二七日に、神谷と原告とが高橋に対し連帯して二〇〇〇万円の残金一三九〇万円を分割して支払う旨の示談書(乙一九)が作成され、この弁済は遅れながらも続けられた。

(2) 一方、ミリオンクレアを売主とする五七五万八〇〇〇円の売買代金の返還請求については、ミリオンクレアが解散して平成四年四月二五日清算結了し、松浦も中国に転出し、財部の住所氏名も特定できないため、交渉は難航していた。

そこで、被告は、原告がミリオンクレアを売主とする本件売買契約に直接関与した者ではないけれども、右1に記載した対応に鑑み、原告が神谷の後任者として杉並教会地区のクレーム処理に当たっている者であると推認し、平成五年九月二二日、原告を含む六名の者に対し、ミリオンクレア関係の代金についてどのように支払うのか、解決を求める本件通知書1(甲一)を送付した。

(3) これに対し、原告からは、本件売買には何の関わりもない旨の回答書が送付されたが、被告は、先に高橋から、原告が高橋の個人情報を把握していた旨説明を受けていたこと、被告が以前扱った他の事件の例からも、原理講義をする人は、ゲストカードなどで相手の情報を把握したうえで講義をすることが多いと認識していたことなどから、本件でも、原告は講義をするにあたってゲストカードを見ていたはずだと判断し、本件通知書2(甲四)を原告他四名に、通知書3(甲七)を原告に送付した。

(4) そして、平成五年一二月二日には、原告他三名に、「五〇〇万円を返してもらう必要がある」旨の本件通知書4(甲八)を送付した。

3 以上認定の事実によれば、原告は、高橋から相談を受け、その被害の態様と、既に有していた統一教会による霊感商法の知識とを併せ考えて、本件もかかる霊感商法のひとつであると推認したものであり、更に、原告の二〇〇〇万円の返還に関するこれまでの対応、高橋から原告が高橋の個人情報を把握していたと説明を受けていたこと、従来の事件によって把握していた霊感商法における原理講義の位置付けに関する知識等を総合して、原告も組織的霊感商法の一端を担っている可能性があると考え、よって、原告も売買代金返還の交渉相手とするのが相当であると判断したものと認められるのであって、右判断は、不合理なものとは言えない。したがって、被告の本件各通知は、社会的に許容される範囲を逸脱したものではなく、よって、不法行為は成立しない。

二  争点2について

1  原告は、被告が東京第二弁護士会綱紀委員会及び当裁判所に本件文書1ないし3を提出したことが不法行為になる旨主張する。

しかしながら、被告が右各文書を提出した行為は、懲戒申立事件の被申立人として、あるいは本件訴訟の被告として、いわば紛争の当事者が、自己の主張を尽くし、その権利を防御すべくなされた行為であって、懲戒処分における告知、聴聞の機会を保障し、当事者主義をとる我が国の民事訴訟法の下において当事者に自由に弁論を尽くさせることがきわめて重要であることに鑑みれば、そこで提出された文書の中に、相手方の行為の不当性を指摘するため、相手方の名誉感情を刺激するような表現が含まれていたとしても、訴訟における正当な弁論活動と認められる限り、その違法性は阻却されると解すべきである。

2  そこで、検討するに、前記一2に認定の事実によれば、被告が、本件を、統一教会による組織的、計画的な霊感商法の一例と推認し、原告の原理講義が、他の信者による因縁話しをより効果的にする意味合いをもったものであったのではないかと判断したことが必ずしも不合理とはいえないことは前記のとおりである。

よって、本件文書1ないし3は、いずれも正当な弁論活動と認められ、その提出は、いずれも不法行為には該当しないというべきである。

三  以上により、被告の各行為は、いずれも弁護士としての正当な交渉あるいは弁論活動の範囲内にあり、不法行為を構成しないと解すべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官秋吉仁美)

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